クレドや経営理念といった企業哲学は一応作成している、あるいは今後作成する予定があるという会社の中で、これを本当に大切なことと認識して社内で共有化を図る重要性を肚落ちした上で実行している会社はどれだけあるのでしょうか。
最近経験した2つの例を挙げますので、この重要性をご理解いただけると有難いです。
一つは読書から。
一度は経営破綻したJAL(日本航空)を短期間でV字回復させた手法を述べている『JALの奇跡』
当時JALの会長だった稲盛和夫さんの京セラ時代から側近中の側近と言われた大田嘉仁さんのご著書です。
2010年1月に総額2兆3千2百億円余りという戦後最大の負債を抱えて倒産したJAL。
JALの再建にも大きな意味を持ったと言われる企業の成功方程式を「社員の考え方」×「社員の熱意」×「社員の能力+社員の能力をフルに発揮させる経営システム」という数式で表しています。
ここで最も大切なものは何か?
それぞれ考え方があると思いますが、私は「社員の能力をフルに発揮させる経営システム」だと思っています。
その理由は、社員の熱意や能力は本来あるものと捉える性善説に基づいているからです。その熱意や能力をフルに発揮させる環境づくりができていない企業が多いため、本来持っている社員の考え方・熱意・能力が埋もれてしまっているのではないでしょうか。
その反対が性悪説。
例えば、JRの特急に乗車すると事前にチケットを予約し自動改札も通ったにも拘わらず、社内でもチケットの確認をする。最近は途中乗車以外はしなくなりましたが、正にお客様がズルをするという発想から生まれた性悪説だと捉えています。
どちらを選択するかは経営トップの意思決定にかかっています。「あいつは考え方が甘い」「あいつはやる気がない」「あいつは能力がない」など、社員のせいにする前に経営トップがちゃんとした環境づくりに励んでいるか、大久保寛司さん曰く【自分に指を向ける】ことから始まるのではないでしょうか。
それをせずに人のせいにしているとすれば、「景気が悪いから、政策が悪いから業績が上がらない」と外部環境のせいにしているのと同じです。
では、最後は国が支え、倒産することはないと考えていたにも拘らず倒産したことで絶望感に溢れ、生気を失った社員さんたちが右往左往する中で、一体JALがV字回復した一番の要因は何か?
それは『心をベースとして経営する』ことです。具体的には社員さんを信じることがスタート。経営者は社員さんの物心両面の幸せを願って一生懸命努力する。幹部もそれを率先垂範する。そうすれば社員さんも追随する。
社員さんに主体性が生まれるまではトップや幹部が率先垂範する必要があると思います。
そして、そのために実践したのが“意識改革”先ずは「リーダー教育」から。
希望退職者を募るなどの構造改革がスタートする時期と重なって相当な抵抗を受けたようですが、リーダーの意識が変わらなければ、更生計画自体が実行されないと踏んでの強行突破で行なったようです。多少の妥協はしたものの、この構造改革繁忙期に週4回、計16回実施したことに大きな意味があります。
何故かというと、更生計画が3年と期限付きだったこともありますが、リーダーの意識は一気呵成に変えるしか方法がないと判断したからです。
通常はじっくり育てようとするケースが多いでしょうが、期限を決めて集中特化する方法も大事です。それは人の可能性を信じるところへ繋がる意義があります。
この研修によって幹部の意識が変わっていき、それが現場の社員さんたちに伝わってくことになります。
次に手掛けたのは「JALフィロソフィーの作成・浸透」と「経営理念の改訂」
京セラのフィロソフィーをそのまま持ってくるのではなく、JALの社員さんから構成する委員会によって自分たちが魂を込めて作るようにした。経営理念は時間がなかったため原案を考え、最終的にはそれを当時のJAL社長に修正してもらって決めたようですが、ここでのキーワードは「一方的ではない」です。
完成したフィロソフィーを正社員(海外も含む)だけではなく、非正規社員や委託先社員まで浸透する努力をしたことに大きな意義を感じます。まるでリッツ・カールトンのようです。
ここまでいくと、今度は社員さんたちが自主勉強会を開いて更に肚落ちする形を採っていきます。仲間意識や一体感が生まれる土壌ですね。
その後に“アメーバ経営”を導入した訳ですから、大方の予想に反してJALが再建一年目から大幅な黒字を計上したのも頷けます。
一般的には、構造改革が一番大事で意識改革では再建できないと考えているケースが多いです。構造改革は当然必要ですが、ここには強制力しか働かないことが主体性を発揮する意識改革と決定的に違うところです。つまり強制力には限界がある…。それを打破できるのが主体性です。
大手のコンサルティングファームや官僚、仕組み化を最優先する士業などは理解できない分野かも知れません。
しかし結局、1年目の再建計画の目標営業利益641億円、2年目757億円を大きく上回るそれぞれ1,884億円、2,049億円という驚異的な数字をたたき出しています。
但し、人の心は移りやすい。倒産という厳しい試練をようやく乗り越えたにも拘わらず、、成功という甘い試練に翻弄され少しでも驕りが生まれれば、元に戻ってしまいます。
だから、常に上を目指してやり続けなければならない。「謙虚にして驕らず」ですね。
残念ながら再建後10年弱でJALにも綻びが出て来た感があります。パイロット・整備士・CAの飲酒問題にそれが表れているのではないでしょうか。
ここまでお読みいただいた中で「JALは大企業だから支援される、社員の能力が高いからできたんだ、稲盛さんが再建に乗り込んだから成功したんだ」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、多少の温度差がありながらも3万2千人の社員さんを僅か3年でまとめることができた一番の要因は何か?に気づかない限り、中小企業の発展もあり得ないと思います。
実例による2つ目は次回へ回します。
Comments