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  • 執筆者の写真竹内 明仁

~自分の実像を語る理由~

Twitter(X)のスペースでこれまでのキャリアを話す機会をつくりました。


理由は2つ。

自分の失敗談を含む経験をお伝えすることで、何か気づきを得てもらえればいいなぁ~が1つ。

カジュアルな文章が苦手な上に、呟く内容があり方とやり方と硬いため、堅物や賢いイメージがついている気配を感じたから。

要は、もっと親近感を持ってもらうためです。


大学受験の失敗から始まったその中身は、恥ずかしいことが満載。

恥を晒すのは賛否両論あるでしょうが、今のところ自分にはTwitter(X)が最も合っているSNSと思うのがその理由。

よい形で継続したいから正直に失敗を言おう。


メディアの海外特派員を目標にしていた高校時代。

受験校は、上智大学・外国語学部イスパニア語学科と早稲田大学・政治経済学部の2校。

報道の特派員には語学と政治経済の知識

が必須と思っての選択でした。

語学に力を入れている上智では、英語は第2外国語にすればよい。

スペイン語をマスターすれば、中南米大陸とスペイン、ポルトガル、イタリアまで広い範囲をカバーできるだろうと踏んだから。

政治経済については独学しようと…。

早稲田の場合はTOEFL・TOEICで語学をカバーするつもりでした。


結果は3連敗。

2浪しても受からなかった。

現役の時、試験慣れのため受験したR大とH大には合格。

滑り止めとしてではなかったため、入学せず。

無謀にも、浪人してからは退路を絶って2校に絞った結果です。


今振り返ればただのアホですが、この学歴コンプレックスに長い間悩みました。

運よく就職できた大手通信会社でも、"実績より学歴優先"は味わいましたね、昇進で…。


結局、実力があまり認められないことと、縦割組織の官僚的な体制が肌に合わず、辞めちゃいました。


地元に戻って来てからは、県内でファッション雑貨とアパレル店舗を何店か経営していた会社に再就職。

1年で管理職になり、最終的には役員まで進んだのですが、会社がまさかの倒産!

バブル崩壊とちょうど被りましたね。


この間に結婚と離婚、母の死が立て続けに起きましたね。29~32歳の時。

あ、これスペースで話していないなー。

仕事だけでなく私生活のしくじりも入れた方が本人像が明らかになりそう。


その後、民家の離れの6畳1間を借りて共同創業。

国内仕入による限界を感じていたため、タイに商品を求めて渡泰。

そこから、卸売先を求めて行商の旅が始まりました。


お金がなかったのでホテル代・高速代は出せず、車に寝泊まりしひたすら下道を走る日々。風呂と洗濯はスーパー銭湯とコインランドリーで。

2年半くらい続いたかなぁ~。

その間100店舗くらい販売先を開拓しました。


と、ここで1時間経過。 続きは次回に持ち越し…。 今度の(土)にまたやります。 免疫ができたせいか、Facebookでも暴露してしまった…。


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