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  • 執筆者の写真竹内 明仁

~過去から学んだ今に繋がる道~

3回目になってしまいましたね。

シルバーアクセの直営店を全国展開の話。

といっても東京、横浜、大阪には出店せず、北海道、東北、中国・四国地方にも店はなしですが…。


当時としては珍しかった製造直下型の販売店。

自社の製造工場は持たずに、協力工場で生産したものを販売するユニクロやしまむらの小規模モデルです。


この間に忘れられない大きな出来事が2つ。

それは突然やって来た。

ある朝、自宅のドアホンが鳴る。

僕:「はい」

相手:「東京国税局ですが」

身分証を提示され、

僕:「???、少々お待ちください」

と、社長宅に電話をする。

僕:「自宅にマルサが来ているんですが」

社長:「オレんところにも来ているよ」


というわけで、素直にガサ入れに応じるしかない。

マルサの方々は、6~7人でやって来た。

社長宅には十数人、本社には20人ほど、各店長宅には2人ずつの配置。

まだ7~8店舗の出店時だったので、総勢70〜80名ほどの布陣だったでしょうか。


とても紳士的で終始穏やかな感じでしたが、個人の通帳を含めてかなりの書類を押収されました。


理由は脱税。消費税です。

現場の社長として全てを切り盛りしていた自分が唯一タッチしていなかったのがキャッシュの流れ。

全店の業績管理はしていたけど、お金だけは…。


ここから、発生主義の実績とキャッシュが連動した動きを見ないと実態はわからないことを学びました。

後々MG(マネジメント・ゲーム)に進む要因になったと思います。


追徴は重加算税が合算されて4億2千万円。

半分はすぐに支払ったようです。

残りは数年かけて完済。

当時は税引前利益が25%くらいあったので、資金は潤沢だったお陰ですね。


しかし、社長と優秀なバイヤーである奥さんが逮捕され、TVでも報道されてしまった。

業績管理をフロッピーに保存していたのは僕で、これが有力な証拠の一つになったであろうことは否めない。

執行猶予付きで落ち着いたけれど、この件で一悶着あったことは確か…。


もう一つの大きな波は『不正競争防止法違反』での警察からの事情聴取。

どういう意味かというと、パッチもん(コピー商品)を販売した罪です。


言い訳すると、デザインを完全に自社オリジナルでやるのはほぼ不可能です。

どうしても似通った部分は出てきます。

流行にも左右される点はアパレルと同じ感覚。


ただ、自社の協力工場で製造した商品の方が、ブランド品よりよほど品質が良いなんてことはザラにありましたから。

ボッタクリのブランドへの対抗心がなかったわけではない。


そこが脇が甘くなった部分。

米国にあるブランドからの文章による警告を無視していた。

2度目は文章ではなく警察の強制捜査になりました。


店長などのキーマンが警察で事情聴取を受けましたが、彼ら彼女らには罪はない。

バイヤー責任者とオリジナル開発責任者だった自分だけに動機が向くよう供述。


結果、検察庁で略式起訴による罰金10万円を支払ったのは僕。

前職倒産時の教訓から役員に入っていなかったため、罪は軽かった。


しかし、社長夫妻は逮捕されてしまった。しかも2度目。

まだ執行猶予期間が残っていたので、絶対実刑になると予測していました。


結果は、相手側と和解が成立し不起訴。

和解金は2億だったかなぁ~。

1,000万円投資して大阪の腕の立つ弁護士事務所にお願いした効果が出ました。


れからは、手間がかかるが一品一品権利を侵害しない範囲かどうかを調べてから店頭に並べることを提案。

前職時代から、素晴らしいセンスを持ちながら、仕入過多から脱却できないバイヤー。

これを拒否。


ここが分岐点でしたね。

若手が育って来たからもう任せよう!

自らの引き際じゃないか⁈と考えていたタイミングとドンピシャでしたねー。


「正義を貫けない生き方はイヤだな」

「初心を忘れない謙虚さは大事だな」

人としてのあり方とやり方の両立。

論語と算盤を考える原点はここだったような気がします。


ここで学んだやり方は何か?

それらがどのように役に立ったのか?

については後日お伝えしたいと思います。



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